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 しとえ
2010.01.27(Wed)
幾時代かがありまして
茶色い戦争がありました

幾時代かがありまして
冬は疾風吹きました

幾時代かがありまして
今夜此処でのひと盛り
今夜此処でのひと盛り

サーカス小屋は高い梁
そこに一つのブランコだ
見えるともないブランコだ

頭倒(さか)さに手を垂れて
汚れた木綿の屋根のもと
ゆあーん ゆよーん ゆやゆよん

それの近くの白い灯が
安値(やす)いリボンと息を吐き

観客様はみな鰯
咽喉(のんど)が鳴ります牡蠣殻(かきがら)と
ゆあーん ゆよーん ゆやゆよん

屋外(やがい)は真ッ暗 暗(くら)の暗(くら)
夜は劫々(こうこう)と更けまする
落下傘奴(らっかがさめ)のノスタルジアと
ゆあーん ゆよーん ゆやゆよん

:::

天才は天才であるべきものを作りだすと思っている。
偶然では生まれない。偶然で生まれたものは偶然に消える。そして生み出した人間も偶然に消える。
僕がまさしくその偶然の人間。
偶然絵を描き、偶然大学に合格し、偶然に評価され、偶然に消える。
絵を描くべきではないと一枚の絵が終わるたびそう思う。
しかし始まりは偶然ではない。必然で動く。だからどうしたらいいのか分からない。
必然から偶然が生まれる。
4年間僕はそれを繰り返した。
偶然か必然か。
絵のことを喋るときの自分はいつも他人行儀だった。
だれの話をしているのか分からなくなる。
「・・・でもいんですよね、この絵」みたいな。だれだお前は、いつも思っていた。
いや、逆だ。
喋るときはもうそのもう一人になってる。
描いてた時の自分はいつもいなくなっている。だからわからなくなる。
目の前のものには心臓で返すしかない。頭で返せない。だから、わからなくなる。


もう絵は描かないかもしれないけど自分を振り返るとどうしようもなくダサい大学生で情けない。

絵も詩も心臓をなぞるものだと思ってる。
中原中也のように世界を自分の心臓の曲線で満たすことができれば僕はもう一度その恐怖を喜びととらえることができるかもしれない。敬意を忘れてはないない。しかし画面をうめることができない。
僕は必然を産みたい。でも偶然しか相手にしてくれない。

::

口に出したらわかるけど、
「ゆあーん ゆよーん」なんて向かって行ってなきゃ絶対言えない。
僕は振り返るばかりで進む力が弱い。

// 02:08 // 今日の出来事 // Comment(2)
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コメント
 難しいですね。
何回読んでも、難しくて、何といったら良いのかも、全くわからないのだけれど。
でも、この文章を読んで、私には、
絵に対する青さんの「真剣さ」というか、
「対峙する姿勢」というか、そういうものを感じました。

こんなふうに、自分の内面と向き合うことって、しんどいけれど。
自分の中に、何かが見つかるといいな、と思います。

…的外れなコメントで、ごめんなさい。
// 2010.01.30 // 22:23 // URL // やま // edit //
 
いや、僕は全然真剣じゃないんです。
僕は何もやっていない。
頭で考えて終わっているだけなんです。なんでもないんです。
ホント絵を描いてる人間からしてみれば僕の言葉なんてたわごとです。

でも、ありがとうございます。
そう言って頂けると考えることすら嫌になる自分の気持ちが少し和らぎます。
// 2010.01.31 // 17:56 // URL // 青 // edit //
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